2007年6月29日金曜日

UNEPSは国連待機軍構想とは別(下)

前置きしたようにUNEPSと小沢氏が提案する「国際平和協力隊」は似て非なるもの、というより、似ているのは名前だけといえます。なぜなら、小沢氏の構想では自衛隊の一部を割譲、もしくは部隊を新設してそれを国連に譲渡するという考え方だからです。この部隊は基本的に軍事部門のみで構成され、UNEPSのように他部門から構成される民軍混成部隊ではありませんし、また軍属に限らない「個人の自由意思による参加」というUNEPSの原則も、「国際平和協力隊」構想には見られない要素です。

■基地提供は憲法違反に当たるか

そのことを前置いたうえで、UNEPSが想定する基地というものがどういうものかを説明いたします。日本国内に基地を持つことも可能ですが、基本的にUNEPSは48時間以内の紛争地派遣を原則とする体制であるため、アフリカや中東など、現在最も頻繁に紛争が行われている地域から最も遠い日本がその基地の候補に挙げられる可能性は低いでしょう。

それでも百歩譲って、日本に部隊基地を誘致した場合については、昭和34年の最高裁判決として、このような回答を得ており、国会でもこの法解釈が今日まで活用されています。

昭和34年12月16日(砂川事件上告審)
「外国軍隊は憲法9条2項に定める戦力には当たらない」

同 最高裁判所大法廷決定
「同条項(9条2項)がその保持を禁止した戦力とは、わが国がその主体となってこれに指揮権、管理権を行使し得る戦力をいうものであり、結局わが国自体の戦力を指し、外国の軍隊は、たとえそれがわが国に駐留するとしても、ここにいう戦力には該当しないと解すべきである」
国立国会図書館の調査及び立法考査局調べ


またUNEPSへの取り組みについて問題となる可能性のある要素についても調査結果を得ています。

■資金提供の問題:武力行使補助は憲法違反に当たるか
内閣法制局第一部長の答弁(平成4年12月8日)─125回国会参議院内閣委員会

「憲法9条で禁止している武力の行使というものは、要するに戦闘行為という実力の行使に係る概念である。したがって、単に資金を提供するということは、その観点から武力行使の概念には当たりませんから、憲法9条によって禁止されている武力の行使には該当せず、憲法上問題がない」


■日本国民個人の自由意思による外国軍隊への参加
大橋武夫法務総裁の答弁(昭和26年10月29日)─12回国会参議院平和条約及び日米安全保障条約特別委員会
「憲法におきましては我が国民が義勇兵といたしまして外国軍隊に応募することについて、それが国民の個人の自由意思に基づきまして行われまする場合には、これは何ら憲法上の問題も生ずる余地はない。こう考えております」

つまり、可能性は限りなく低いですが、日本にUNEPS部隊基地を作るとしても、それは合憲の範囲で可能です。また日本は既に、朝鮮戦争時1954年に締結された国連軍地位協定に基づいて、在日米軍基地の利用を各国の軍隊に提供している実績がありますので、基地を提供することそのものは法的に可能な立場にあります。そういう意味でも、そもそもUNEPSが最も積極的に推進されているアメリカ本国で連邦議会によりUNEPSの創設が承認されれば、あるいは在日米軍基地にその司令部ができるという可能性はあります。これは、自衛隊にはなんら関係のないことです。

しかしUNEPSは緊急展開部隊ですから、安全に戻れる移動式の基地が必要になります。これら移動式の基地を紛争地域に駐留させることで、国際人道上重大な罪が犯される前に、文民を保護することを主目的としてUNEPSは即時派遣されるわけです。

そして、補給などを行うための航空部隊は、そもそも国際混成部隊なのですから共同作戦が前提となっています。しかも指揮権は勿論、UNEPSすなわち国連が持つのですから、各国が提供するリソースの統合運用は国連が行います。このときに各国が各国の出せるリソースを提供すればいいので、紛争地から遠い日本からわざわざ航空部隊を派遣する必要はなくなります。紛争地から程近い、可能な国が提供すればいいだけの話なのです。

■結論:UNEPSは日本の国益に合致している

このように、日本はUNEPS構想に間違いなく合憲の範囲で参加でき、またUNEPSを推進することにより、コストおよび人員派遣の負担を軽減することができます。これはアメリカでも使われているロジックで、コスト削減が国益に合致するということが賛同議員らの主な支持理由だったりします。

これまでの統計を見てのとおり、既存の国連PKOに対しアメリカはコスト的には多大な貢献を行っていても、人的には他の先進国よりも貢献していません(但し、あくまで制服要員=軍人派遣において)。つまり、ヒトを出していません。そのアメリカにとって、国連の負担金の削減は最も魅力的ある提案のはずです。

日本にとっても、これから年金などの財源確保に当たらなければいけないのに、アメリカに次いでカネだけ他よりも多く出している場合ではないはずです。カネもヒトも出せば、コストは倍かかります。カネもヒトも少なくて済めば、コストの問題はなくなります。それでも、人的に貢献していないと批判されることはなくなるでしょう。なぜなら、UNEPSの創設により各国も総じてPKO負担を減らすことが可能になり、そもそも年間3,000人規模しか派遣してこなかった先進国はこれをさらに総体的に減らすことになるからです。日本だけ、PKOがやっと本来任務化したからといって、他の国以上にヒトを送る必要はありません。ヒトは、必要がなければ送る必要ないのです。当然ですよね。

このように、UNEPSに参加すること、その創設に積極的に取組むことは、現在の人的・経済的コストがかかりすぎる集団安全保障体制を強化することに貢献することになります。これに日本が率先して取り組むことで、日本はこの新しい試みのオーナーシップを得ることができます。平和立国日本として、これ以上の誉れはないでしょう。世界最先端の平和構築の取り組みのリーダーになれるのですから!

文責:
参議院議員・犬塚直史事務所
UNEPS PR担当 勝見貴弘

UNEPSは国連待機軍構想とは別(上)

国連緊急平和部隊(UNEPS)や国連PKOの実態を把握せずにその可能性を否定する人がいます。今回、その方がわざわざブログ記事を書いてくださったので、TBの形で数回のシリーズに分けて反論しようと思います。まずは、UNEPSは小沢代表が提唱する国連待機軍構想とはまったく違うものだということを申し述べておきましょう。その最大の違いは、UNEPSが個人派遣の「国連部隊」であるという点です。

尚、今回の対応は、犬塚事務所のUNEPS PR担当・勝見が個人で行っております。

国連PKOは通常の軍事作戦とは異なり、最低限の武装と人数で行われる平和維持活動です。つまりその性質からしてまったく異なるので、その運用も通常の軍事作戦とは異なります。UNEPSは当初このPKOを支援するために考えられたもので、UNEPSの働き如何によってはPKOの負担を大幅に減らします。つまり、UNEPSの導入により既存のPKOのあり方も変容するのです。

■国連PKOの実態とUNEPSの任務

PKOも含め、UNEPSは災害救援の為の派遣などは、特別な場合を除き想定していません。この特別な場合とは、「多くの人命が失われる可能性が非常に高く、かつ当該国の政府および自治体が人道的危機を回避する能力あるいは意志を有しない場合」です(以下FAQの4を参照)。当然、スマトラにも、インドネシア政府の要請がなくまた各国独自に支援に動いていたため国連PKOは派遣されていません。任務の種類が違うからです。


またPKOを大規模な治安維持部隊だと思い込んでいる人もいるようですが、この憶測も実態からかけ離れています。最近DPKO(国連PKO局)が出した2007年3月時点での派遣国上位20カ国の統計によると、先進国でも3,000人未満しか要員を派遣していません。とくにG8やP5(安保理常任理事国)では、最高でもイタリアで2,539人(8位)、次いでフランスが1,975人(10位)中国に至っては1,809人(13位)(それぞれ★でマーク)です。上位に位置するのは、ほとんど南アジア諸国で、イタリアは南米ウルグアイより少し多いくらいです。これが、国連PKOの実態です。

(カッコ内は派遣人数)
  1. パキスタン(10,173名)
  2. バングラデシュ(9,675名)
  3. インド(9,471名)
  4. ネパール(3,626名)
  5. ヨルダン(3,564名)
  6. ガーナ(2,907名)
  7. ウルグアイ(2,583名)
  8. イタリア(2,539名)★
  9. ナイジェリア(2,465名)
  10. フランス(1,975名)★
  11. セネガル(1,916名)
  12. エチオピア(1,830名)
  13. 中国(1,809名)★
  14. モロッコ(1,550名)
  15. ベナン(1,342名)
  16. ブラジル(1,277名)
  17. 南アフリカ(1,188名)
  18. スーダン(1,164名)
  19. ケニア(1,077名)
  20. インドネシア(1,063名)

出典:国連PKO局:PKO制服要員派遣上位20カ国(2007年3月現在)
「Top Twenty Providers of Uniformed Personnel As of 31 March 2007」より

一方、そもそも深刻な人道的危機に対して'「予防する責任」と「対応する責任」の両輪からなる保護する責任を果たす為の初動的対応を想定されるUNEPSは、長期的にジェノサイドや人道に対する罪などを予防し対応するには、国連システム全体、ならびに国家および地域アクターなどの補完的な働きなど、広範な協力を必要とします。それでも、上記の統計を見てのとおり5,000~6,000人も部隊を派遣している(できる)国は途上国に限られ、先進国は今後もおそらく3,000人を越える要員を派遣することはないと見られます。

したがって、国連PKOの父といわれたブライアン・アークハート元国連事務次長が提案した10,000~12,000人の要員という数は、決して少なくはなく、十分に現在のPKOに匹敵する人数を想定していることになります。さらに、この想定数値は、今年度米議会に提出された決議案では上方修正され、12,000人~18,000人となっています。


■UNEPSの想定要員数は妥当

常設で18,000人からなる先行隊の個人参加の国連部隊が存在すれば、既存のPKO要員とその規模を縮小でき、国連全体としてのPKO予算が軽減されます。米下院議会の見積もりでは、UNEPSにかかる費用は、初期費用に20億ドル年間維持費が10億ドルとなっています。これは大きな数字に思えるかもしれませんが、90年代の10年間だけで約2,000億ドルという巨額の費用がかかったことを考えると、もはや比較にならないほど低コストであることがわかります。

前述の統計資料には、2007年1月時点でのPKO予算の負担国上位20カ国についても書いてありますが、ここでは上位は、実際の派遣に関っていない先進国で固められていることがわかります。勿論、日本(外務省解説)もこの中に含まれています。この中で、実際の派遣要員数で上位10カ国に食い込んだのは、フランス、イタリア、中国だけ(それぞれ★でマーク)です。つまり、先進国はこれまで軒並み、「カネは出すがヒトは出さない」'を実践してきたといえます。

(カッコ内は負担率)
  1. アメリカ(26%)
  2. 日本(17%)
  3. ドイツ(9%)
  4. イギリス(8%)
  5. フランス(7%)★
  6. イタリア(5%)★
  7. 中国(3%)★
  8. カナダ(3%)
  9. スペイン(3%)
  10. 韓国(2%)
出典:国連PKO局:PKO分担金負担上位20カ国(2007年1月現在)
「Top Twenty Providers of Assesed Contributions to UN Peacekeeping Budget As of 1 January 2007」より
残りの10カ国についてはコチラ

ここで日本がPKOを本来任務化したとして、彼ら先進国“並み”に貢献するつもりでいるならば、その為の要員は5,000人を下回るのです。しかもこれは、年間の数です。ミッションごとの派遣要員数はさらに少ないということになります。つまり、今回のイラク派遣要員のミッションごと500名くらいの規模で足りるということです。後は年数によって交代要員がいればよいということですね。

参議院外交防衛委員会調査室が今年5月にまとめた資料によれば、交代要員を入れても、2004年1月16日~2006年7月25日までの2年半のスパンで、日本が陸自の撤退までにイラクに派遣した陸上自衛官の総数は、延べ10回の派遣で5,500名(2007年5月時点では空自部隊が2,430名、海自が330名)で足りています。日本史上最大の派遣でも、陸海空合わせて10,000人に届きません。

陸上自衛隊 5,500名
航空自衛隊 2,430名
海上自衛隊  330名
計     8,260名
出典:参議院外交防衛委員会調査室
第166回国会(常会)参考資料(平成19年6月)p.33
「イラク人道復興支援特措法に基づく各自衛隊の部隊派遣実績」

■UNEPSと自衛隊の相互運用は合憲

このような派遣実績の中でUNEPSが創設されると、まず初動で掃討ミッションと文民の安全確保が行われる為、後続のPKOはこれまで以上に大部隊を派遣する必要がなくなります。PKO部隊は現状と同程度の軽装備で治安維持に当たることができ、PKO本来の任務である敵対勢力同士の間に入った調停や停戦監視・治安維持に専念できます。この任務のための兵装は最低限で済みます。

しかも、UNEPSは個人参加の混成部隊なので、退役・現役を問わず日本からも自衛官、警察官、消防官、医療関係者、法律家、国際法の専門家などが、国連職員となって個人資格で参加できます。つまり、UNEPSに軍事部門があっても、これに日本国籍の個人が参加することは違憲ではないのです。

自衛隊派遣は、今後もこれまでと同様にその都度、特措法を定め、その中で自衛隊のPKO本来任務化に合わせた武器使用基準などを定めていけばよいのです。地位の問題については、2004年の8月にジュネーブ条約の追加議定書を批准したことなどにより、その地位を国際人道法(戦時国際法)上認められることになります(詳しくは外務省の説明書の項目3を参照)。私は自衛隊の存在自体を違憲とは考えないので、国際法上の交戦団体と認められ、その庇護下に置かれるための体制を国家として整えたのであれば、その地位も保証され続けるものと考えます。

2007年6月27日水曜日

勝見レス3:お邪魔します

gooミラーブログより

お邪魔します (ima)
2007-06-19 10:20:40
武力には 殺す という特性があります。
そんなものに頼っていては 進歩はありません。

「日本国憲法の奥義」とは何ですか?

それを内に観つけることが出来れば、すべての議論は吹き飛びます。

より完全な平和憲法への「付加改憲」こそが必要なのであって、シンプルではない総ての理屈は無意味です。

2007-06-19 10:46:29
imaさん、コメントありがとうございます。

真摯な意見は大変有難いのですが、「~は無意味」といった断定は自分以外の意見の否定、すなわち独善に繋がる危険性があります。独善的な思考はそれだけで、他者による受容性をなくし、持論の有効性を狭めてしまう恐れがありますのでお気を付けください。

まだ限られた情報しか提示できていないため誤解を招いてしまったかもしれませんが、UNEPSは何も武力による介入のみを目指すものではありません。

UNEPS は、民軍連携による“サービス”なので、すなわち仲介・交渉サービスもこの内に入ります。現在の国連では、NGO等の反発により民軍連携がうまくいかないため、紛争地での紛争当事者との対話・交渉も国連のPKO部隊が主に行います。しかしPKO部隊は所詮「軍」ですから、紛争当事者たちはたとえ国連であっても警戒して交渉がうまくいかないことがあります。

こうした状況にUNEPSが投入されれば、文民の交渉チームが交渉に当たり、武力の行使は、交渉が決裂し、ジェノサイドなど甚大な人権侵害が予測される場合にのみ、人々を保護する目的で行使され、最低限に抑えられます。こうした交渉チームなどに、一般の訓練を受けた日本人が加われるのではないかと、私たちは考えているのです。つまり、自衛官(軍人)でなくても構わないのです。

尚、憲法九条の解釈をより厳格化し、とくに集団的自衛権については厳格な適用基準を適用するなどで、現代国際社会の現実に即した形での「創憲」は必要だと、私は個人的には感じておりますので、imaさんの「付加改憲」の意見には賛同いたします。

レスが長くなり申し訳ありません。

2007年6月20日水曜日

犬塚議員、参院本会議でイラク特措法延長の反対討論を担当


以下は、本日午後1時過ぎより始まる、参議院本会議におけるイラク特別措置法延長に関する審議での反対討論原稿全文です。議員本人より特別に事前公開の許可が下りたので公開いたします(写真は2006年3月17日の参院本会議のもの)。

2007年6月20日 参議院本会議イラク特措法延長反対討論

民主党・新緑風会 犬塚直史
民主党・新緑風会の犬塚直史です。

私は会派を代表してイラク特措法の延長に反対の立場から討論を行います。民主党は自衛隊派遣を直ちに終了させるよう、今般イラク特措法廃止法案を提出致しました。日本政府の対応にはまったく主体性・積極性が欠けており、結局のところ米国の出方次第というやり方であります。主張すべきことははっきりと国際法に基づいて主張する態度が信頼されるのであり、ただ同盟国に付き合うような外交を続けていれば、結局は同盟国の信頼を失い、国際社会の信頼を失い、我国の国益を失うものであります。以下にその理由を順次述べて参ります。

第一に、対イラク武力行使が明らかな正当性を有していないことであります。戦争を含む武力行使が違法とされる現代において、その違法性が阻却されるのは自衛権の行使と国連憲章7章下の集団安全保障の2つのみであり、これは武力行使の正当性を判断する大前提であります。にもかかわらず、米国が最後の最後まで希求した明示的な安保理決議がフランスなどの反対であきらめざるを得なかったことは周知の事実です。集団安全保障の発動とするには無理があります。これに加えて、事後の国連報告がないことから、自衛権の発動でないこともまた明らかであります。

こうした事態において我国は安保理決議1483に基づく人道復興支援はしっかりと行うべきですが、正当性のない武力行使を支持するのではなく、せいぜい理解の表明にとどめるという、是は是非は非の立場をとるべきであります。

第二に、「自衛隊の行くところが非戦闘地域である」という開き直った小泉発言にみられるように非戦闘地域の説明がまったくの虚構であることです。

第三に、自衛隊の対応措置について政府の情報開示が不十分であることです。我が参議院外交防衛委員会の質疑においても、しばしば新聞を読んだ方が早いと思われるような質疑を行わざるを得ず、さらには質疑時間もしっかりと確保されない状態で審議さえ充分に行われず、最後は強行採決というやり方は国会軽視といわざるを得ません。与野党に係らず国益の実現を議論すべき外交防衛に係る委員会で、このような運営が行われることは大きな問題であります。

第四に、撤退に関する我国の方針、出口戦略がないことです。そもそもなぜ2年間の延長なのか合理的な説明がされず、なにをもって自衛隊による措置を終了させるかも明らかにされていません。
自衛隊派遣の根拠となっている安保理決議1483の目的は、イラク国民の援助、食料・医療品の提供、武装解除と治安維持、インフラ整備、法の支配、人権保護、国連機関と非政府組織の調整、行政機能支援、文民警察の再建などであります。

こうした実に多岐にわたる平和の構築と国づくりに、わが国がどのように係るのか、また派遣される自衛隊員を始め多くの関係者は、どこまで危険を冒さねばならないのか。情報収集能力をはじめ、NGOとの連携、軍事、文民警察、医療などの緊急支援、インフラ整備などにわたる我国の総合力が試されることになります。

しかしながら、Show The Flagといわれて自衛隊を出した我国には、冷静な判断と状況分析に基づいて意思決定を行う意思が欠如しているといわざるを得ません。アメリカの行動にある程度お付き合いが必要だろうという安易さが最大の問題であります。我国はいつまでこのような外交を続けるのでしょうか。

事態は悪化の一途をたどっています。本年5月24日までに米兵の戦死者は3,527名、負傷兵は25,549名に上っています。その一方で一般市民の被害は桁違いであります。

日本の約1.2倍の国土に2,700万人の人口を持つイラクで、開戦以来約6万4千人の民間人が直接の戦闘で死亡、650,000人が戦闘状態の中で死亡しています。さらに本年5月末現在で220万人が国外難民、200万人が国内難民となっており、合計で全人口の2割、約500万人が被害を受けています。

本年6月5日のUNHCR国連難民高等弁務官事務所のレポートによれば、220万人のイラク人が難民としてヨルダンとシリアに逃れています。その他の近隣諸国ではイラク難民をほとんど受け入れていません。また、イラン・ドイツ・オランダ・イギリス・スエーデンの5カ国合計で311,800人のイラク難民を受け入れていますが、こうした上位難民受入国に日本の名前は出てきません。我国の貢献が見えにくい原因がここにもあるのではないでしょうか。

シリアに逃れたイラク難民の一人、41歳で3人の娘の母、Hala Numan氏によれば、村から逃れるのは、公共サービスがなくなり、殺人や強姦、誘拐が日常茶飯事になり、法の支配がなくなり、地域が弱肉強食のジャングルと化すからであり、自分の娘を守るには他に方法がないからであります。

このような地域に2003年10月、我国は当面の支援として15億ドルの無償、中期的な復興ニーズに対する円借款に35億ドル、合計最大50億ドル・約6000億円の復興支援を表明しています。また我国はジャパン・プラットフォームを通じて2,700万ドル約30億円をNGO経由の支援に使っており、現在イラクでは6つの国内NGOが活動をおこなっています。しかしながらこうした支援計画と、航空自衛隊が危険を冒しながら3機のC-130Hで累計約500トンの資材をエルビル、バグダッド、バスラ、アリ・アルサレムの4都市の間を運行することは無関係に行われているといわざるを得ません。

さらに、価値の外交を標榜し、自由と繁栄の弧という大きな構想を打ち出した日本が、掛け声倒れにならないために注意すべき地域は実に多く存在します。北ウガンダの紛争で100万人以上の難民が発生し、20万人以上の子供が徴兵されています。スーダンの難民は200万を数え、レバノンやコートジボワール、スリランカでも看過できない事態が起こっています。

今後我国がこうした事態に積極的主体的に関与するためには、効果的なODAの使い方はもちろんのこと、我国から国際協力活動に携わる人たちにとって、そうした活動がキャリアと成りえる社会制度の整備も不可欠であります。

それと同時に、こうした国際平和協力活動がいかに適時適切に展開され得るのか。出来るだけ早く現場に行くことはその分危険を伴うことになります。自己完結型の活動が出来る自衛隊が、安全確保、災害復興、その他さまざまな得意分野を互いに提供する民軍協力を視野に入れてこそ、本来任務となった国際平和活動を効果的に行うことができるのではないでしょうか。

我国は集団安全保障における武力行使には踏み込んでおりません。しかし、どの国が行う武力行使であっても、重大な脅威があり、これを防ぐに他の手段がなく、必要最低限の均衡性をもっておこなうという自衛権の発動にも似た3要件に加えて、正当な意図と合理的な見通しという5原則を満たす必要があることは、2005年の国連サミットで提言された通りであります。今後国連安保理において、ある事態には対応するが他の事態には無関心という、恣意的運用を避けるためにも、こうした原則を育てていくべきであります。

いずれにしても、今回の無原則なイラク特措法の延長には断固として反対することを申し述べ、日本外交の柱である人間の安全保障を真摯に追及すべきであることを指摘して、反対討論を終わります。

2007年6月19日火曜日

FAQ:UNEPSに関してよく訊かれる7つの質問

1. UNEPSの人員はどのようにして召集され、またどのように構成されるのか。

UNEPS (国連緊急平和部隊)の要員には、任意で参加を希望する世界各国の個人が召集されます。これにより、アドホック(一時的)な形で部隊を召集する際に、国連加盟国が国内の部隊の 派遣を躊躇(ちゅうちょ)することにより生じる遅れがなくなります。部隊は15,000~18,000人の要員からなり、文民、警察、司法、軍および救援 の専門家などがこれに含まれます。これにより、平和維持および平和執行に必要な要素が、すべて派遣部隊に含まれることになります。

2. UNEPSを派遣する判断は誰が行うのか。


UNEPSの派遣を承認するに最も相応しく、また最も承認を行う可能性が高いと考えられる機関は、国連の安全保障理事会(安保理です。安保理は、国連憲章により、派遣の正当な理由として適用される介入基準(threshold criteria)[1]を判断する機関としても最も正当な権限を与えられているからです。

ただし、拒否権などにより安保理が行動できない場合に備え、代替となる権限代行者も検討しておく必要があるでしょう。安保理のそれに次ぐ正当性と権限を持ちうる手段としては、2つの機関による行動が考えられます。1つは、国連総会による1950年の『平和の為の結集決議』(Uniting for Peace Resolution)に基づく承認[2]、もう1つは、地域国際機関による同機関加盟国に対する介入の承認です。勿論、紛争が係る地域国際機関の加盟国の主権侵害に及ぶ場合は、係る地域国際機関の非加盟国に対する介入も、1つの有効なオプションとして想定できます。

またもう1つの選択肢として、国連安保理もしくは国連総会によって厳格に事前定義された条件に基づき、国連事務総長権限によりUNEPSの派遣を認めることが考えられます。このような判断に基づきUNEPSの派遣が実行された場合、安保理は通常の投票手続きにより決議を行い、UNEPSを退却させる権限を保持します。

3. UNEPSの介入先となる国家がUNEPSによる介入を拒否した場合はどうなるのか。

常設の中立なUNEPS のような部隊が派遣される場合に、その介入を拒否する可能性よりは承諾する可能性が高いと考えられますが、国連憲章第7章の発動により、国家に対し強制的 に介入が行われる場合も想定されます。このような場合でも、UNEPSはその活動を行うにあたり、非公式に対象国(とくに対象地域の住民)の承諾を得るべ きでしょう。なぜならUNEPSの派遣目的はそもそも、国内の沈静化と法の秩序の回復・確立により、地元住民の社会経済的ニーズを満たすことにあるからで す。

4. UNEPSの任務範囲はどのように定められるのか。たとえば、人権に直接関らない自然災害からの救援支援活動なども含まれるのか。

UNEPSは1本の指揮系統の下に、多岐にわたる国連の活動の中で複数の機能を果たすことのできる専門要員が配置された専門の部隊です。すなわち、指揮系統の乱れや、機能の過度な分断、専任要員の分散も想定されません。

フィールド上の各チームは、それぞれ安全を確保し、紛争を緩和し、その活動範囲内の法の秩序を回復するとともに、人道的ニーズにも対応することを可能にする多様な機能とキャパシティを保持します。たとえば、UNEPS は大量殺戮を防ぐために文民保護チームを派遣することも、地元での治安維持のため、あるいは地元で人道支援活動を行っている主体を保護するために警察チー ムや災害救援チームを派遣することもできます。またUNEPSは必要に応じて、オンサイトでの事実検証や人道的危機にある文民を保護する為の迅速な対応行 動や、戦争犯罪や人道支援ニーズ、平和構築活動の迅速案展開の為の情報収集などを実施することも可能です。

さらにUNESPには、地元の警察の訓練や監視を行うチーム、紛争の調停・和解を促進するチーム、そして、環境や自然災害による被害から人道的危機に発展しているにも係らず、対象国政府に対応する能力あるいは意志がない場合に介入を行うチームなどが存在します。


特例として、環境事故や自然災害に対応する能力を与えられる場合もありますが、それは多くの人命が失われる可能性が非常に高く、かつ当該国の政府および自治体が人道的危機を回避する能力あるいは意志を有しない場合にのみです。UNEPSは基本的に、多くの人命が失われるリスクが顕在化したときにのみ派遣されます。

5. 事態がジェノサイド(大量殺害)や人道に対する罪が犯されている域(危険水域)に達しているという判断は誰が下すのか。

事態がジェノサイド、戦争犯罪、あるいは人道に対する罪が犯されている危険水域に達しているか否かの判断権は、基本的に派遣を決定した権限執行者(機関)に帰属します。このとき、ジェノサイド防止に関する国連事務総長特別顧問や、平和構築委員会、安保理の情報源、人権保護団体および加盟国の情報機関からの情報など、多岐に渡った情報が検討されます。

6. 予防的派遣の可能性は想定されるか。

安保理、国連総会、もしくはその他の権限執行者(機関)により、深刻な人道的危機が存在すると確認された場合は、UNEPSを派遣できます。UNEPS派遣の大前提は、過度な強制を行うのを防ぐ「最終手段」[3]として適用されることですが、それは必ずしもあらゆる手段が講じられ失敗した後に適用される手段という意味ではありません。

た とえば、ジェノサイドが行われている状況で、国際法の強制のために、正当な権限を与えられた個人要員が警察的機能を果たさなければならない場合、当面の目 標は、大量殺戮が起きる前により早期に問題の対処に当たることにあります。実際に起きていないジェノサイドに備えるために警察チームや紛争スペシャリスト を早期派遣することは、後に想定される大規模な戦闘を回避するための有効な措置となり得るでしょう。


実 際に、後になってみれば小規模な緊急部隊では対応しきれない規模の紛争であっても、紛争の早期の段階で予防的対応を実施できれば、効果的にこれを沈静 化・抑制できる可能性があります。近年、各国政府は、早期の予防的対応が、紛争が悪化・拡大した後に大規模な対応を行うのに比べ、いかにより効果的かつ負 担軽減に役立つかを理解しはじめています。

7. UNEPSは既存の国連あるいは地域的機関の平和活動と競合する立場にあるのかそれとも置き換わる立場にあるのか。

UNEPS 構想は、国連、地域的機関、あるいは国家による既存の国際平和活動や拡大されたこれら一連の活動を補完はしても、置き換わりはしません。武力紛争や深刻な 人権侵害による被害から人々を有効に保護する為には、ときにはUNEPS構想が想定する程度の規模では足りない可能性があります。したがって、既存の機 構・機関は依然として必要となります。


また、平和構築は通常、長期的かつ持続的な活動を伴うため、長期的にジェノサイドや人道に対する罪などを予防するには、国連システム全体、ならびに国家および地域アクターなどの補完的な働きなど、広範な協力が必要となります。UNEPS構想は、危機に対する初動的対応(“first in, first out”)構想と位置づけることができます。


UNEPS は、他の国連の活動と緊密に連携して運用され、他の機関に対しては主に補完的な役割を果たし、ときには補助的な役割も果たします。たとえば、文民警察の訓 練や監視のため、国連の諸機関が到着した後に要員を継続して派遣する場合などが想定できます。これは、事態がUNEPSでは対応しきれない規模、あるいは 長期に渡ることが想定できる場合などに考えられます。


UNEPS は、国際人道法および人権法に従って模範的な行動を行う絶対的な責任を持ちます。したがって、高い透明性の確保やオンブズマン制度の運用、および負傷者の 法的救済のための苦情処理制度などの整備が必須となります。権限あるいは作戦運用において法的問題が生じた場合、これらの事態は、それぞれの案件の法的要 件に応じて、国際刑事裁判所(ICC)や国際司法裁判所(ICJ)、あるいはその他の適時に存在するもしくは設置される国際法廷に付託されるべきでしょ う。


出典:『A few UNEPS Frequently Asked Questions』

作成:Global Action to Prevent War and Armed Conflicts

翻訳:参議院議員・犬塚直史事務所 勝見貴弘


☆★緊急アンケート!★
FAQを読んだ感想はいかかですか?(Yahoo!IDが必要です)



[1] 「保護する責任」の介入原則については、ここを参照。 

[2] 1950年の国連総会決議377─ 国際平和と安全に対する脅威、平和に対する侵害、若しくは侵略行為が依然として存在するときに、国連安全保障理事会が拒否権のため国際平和と安全を維持す る責任を遂行できない時に、加盟国の要請により国連総会が緊急特別総会を召集して、武力行使も含めた集団的行動に関する勧告を行うことができる制度。

[3] 最終手段(Last Resort)は、交渉、停戦監視、仲介など、あらゆる外交的手段、平和的手段、および非軍事的手段を追求したうえで、それでも成功しないと考えられる合理的な根拠があって初めてとられる手段でなければならない。(介入と国家主権に関する国際委員会報告書『保護する責任』)で採用された介入5原則より)

2007年6月18日月曜日

政府が「人間の安全保障センター」の創設を検討


参院ODA委で提言を採択、政府は「検討する」構え
「人間の安全保障センター(仮称)」の設置盛り込む

昨日13日水曜、民主党の犬塚直史議員が筆頭理事を務める参議院政府開発援助に関する特別委員会(委員長:内閣官房副長官・山﨑正昭氏)において、『政府開発援助に関する調査報告(中間報告)』が提出され、『新たな国際援助のあり方に向けて』と題された提言が全会一致で採択されました。

この提言の中で委員会は、我が国の「人間の安全保障」政策に関する提言として次のような提案を行い、国際協力機構(JICA)理事長の緒方貞子氏も参加するなかで、会議に出席した安倍総理はこの提案について「検討したい」とし前向きな姿勢を示しました。

以下、その中間報告書からの抜粋です。

(1)「人間の安全保障センター(仮称)」の創設   
援助分野における人材の育成は、当委員会が最も重要視する課題である。この分野について、我が国は援助予算を飛躍的に拡充すべきである。

特に、戦略的な視点からの援助案件の創造・発掘を推進するための人材や平和構築分野において活躍できる人材の育成・確保は喫緊の課題である。

例えば、平和構築の人材育成においては、平和構築のプロセスが緊急人道支援、開発援助、ガバナンス支援、平和維持活動(PKO)など広範囲に及び、多様な活動を含むことから、これら活動が統合された研修プログラムを構築し、援助専門家の大幅な増員を目指すべきである。  

人材の育成・研修に関しては、既に「国際平和協力懇談会」報告書(平成14年12月)において提言がなされており、また、外務省より平和構築を担う人材育成のための「寺子屋構想」が提唱され、防衛省では国際平和協力活動に係る研修センターの設置が検討されている。  

このような人材育成に向けた取組は評価できるが、政府、国際協力機構(JICA)等による研修体制は、省庁間の縦割りに陥ることなく、開発援助、平和構築、PKOなど各分野に応じた合理的な分化と適切な相互交流・調整が図られなければならない。  

これらの実績を踏まえつつ、将来においては、国内外の実務者、研究者の参加によるアジアでのハブ的機能を有する
「人間の安全保障センター(仮称)」の創設を視野に入れ、総合的な研修体制の整備・強化が推進されるべきである。

(2)国際援助活動におけるキャリア・パスの確立
現在、我が国は、援助の現場での経験を持つ人材が正当に評価・活用されておらず、その人的蓄積も行われていない状況にある。また、援助の現場から戻った後の職の確保や収入の問題などがあり、現実として国際援助活動に参加し難い仕組みとなっている。

人材育成に当たり、育成された人材を有効に活用する場が伴わなければ、資源の浪費 となってしまう。したがって、自らの経験を活かしながら継続的に援助に携わることのできるキャリア・パスの確立が早急かつ確実になされなければならない。  

具 体的には、NGOや大学院等の研究機関、民間企業などからの外務省・在外公館等への継続的な登用を含む政府と民間双方向の人事交流、国連など国際機関にお ける邦人職員ポストの確保と我が国援助関係者の派遣、NGOによる援助プロジェクトの促進によるポスト形成などの施策を強力に推進すべきである。  

また、将来においては、「人間の安全保障センター(仮称)」における援助関係の人材登録制度の創設や同センターを中心としたネット ワークの形成、大学院等の教育機関との連携等をとることで、全国の援助関係者のキャリア・パスの場とし、若年層からシニア世代、自治体職員・ボランティア 等の知見・技術を活かすべきである。

尚、会議の後には記者会見も行われたので、以下のように各紙が報道しています。他に、共同、時事なども即日速報を出しました。

以降の記事では、人間の安全保障センター(仮称)」創設提案の採択のニュースがどう、犬塚議員が進めるUNEPS構想と結びつくのか、その背景を説明します。

犬塚は日本版ピアソン・センターの設置を訴え続けていた

犬塚は、今年3月の段階ですでに、政策研究大学院大学(GRIPS)主催の『新しい日本のODAを語る会』(通称「ODAサロン」)にて、次のような冒頭発言を行っていました。

発言要旨
 人間の安全保障という理念に基づく非常に広い仕事範囲のなかで、何よりも必要とされるのは人間の能力と経験です。特に日本においては、国際貢献が個人のキャリアとして定着する環境づくりが必要です。
 NGO、JICA、外務省、防衛省、文民警察、地方自治体などの幅広い分野から現役・退職後を問わず、個人参加による協力体制を想定し、これを支える給与体系、社会保障、保険制度などが整備され、場合によっては復職が保障されることが必要でしょう。新しい日本のODAを考えるに当って、日本版ピアソン・センターといったような国際的訓練施設が不可欠であることを確信します。

Source: 犬塚直史氏発言参考資料(2007年3月5日)

より詳しくは、次のような発言内容でした。

● 国際協力におけるキャリア形成(平和構築分野を例として)
・人的バンテージを強化することは重要。ODAに対する国民の理解を得るために必要なことの一つは、国際貢献が日本人にとってキャリアとして定着する社会を確立することである。いろいろな分野の人達、そして若い人達がキャリアを伸ばしていけるような環境をつくる必要がある。
・ 昨年8 月、「世界の医療団」というNGOの一員としてスーダン(ダルフール)を訪問したが、現地で働く平和構築分野の専門家は、組織の枠を超えて様々な紛争国での経験を基に長期的なキャリア形成に成功している。
・ このように、日本にも、能力があれば国際協力の分野で専門家としてのキャリア形成が可能となる方法があってほしい。これが、ひいては「顔の見える援助」につながる。

● 新しい方向性
・ スーダンに見られるように、「国家」が破綻している国は国際社会が守る義務があり、日本も平和構築分野において積極的に活動しなければならない。日本としても「紛争予防」と「紛争後の復興」支援に貢献できるように、諸外国から平和構築支援の方法を学ぶことは重要である。
・ 具体的な例として、ドイツにおける自治体レベルでの文民警察官のPKO 派遣(自治体において文民警察官のPKO 派遣を行うが、復職を保障してキャリア形成の一環を担う)、カナダによるピアソン・センターの成功例(PKO に携わる人材に対して平和構築に関するトレーニングを実施する)、英国DFID によるポスト・コンフリクト復興ユニット(Post Conflict Reconstruction Unit)への援助資金の投入等が挙げられる。
日本版ピアソン・センターを設置して平和構築に関するトレーニングを実施すること、国際協力人材プールの設置等による人材育成努力を通じて、NGO、JICA、外務省、防衛省、文民警察や地方自治体などの幅広い層が国際協力に参加できる体制(給与体系、社会保障、保険制度)を整備することが必要である。

Source: 議事録(2007年3月5日)

この最後の発言が、全てを物語っています。
日本版ピアソン・センターを設置して平和構築に関するトレーニングを実施すること、国際協力人材プールの設置等による人材育成努力を通じて、NGO、JICA、外務省、防衛省、文民警察や地方自治体などの幅広い層が国際協力に参加できる体制(給与体系、社会保障、保険制度)を整備することが必要である。

今回のODA特別委員会の提言の目玉となる箇所は、その殆どが、当初から犬塚議員が提唱したままのものです。キーワードは「キャリア」「個人参加」です。つまり、今回の提言は、日本によるUNEPS実現の最初の足がかりとなる提言になる可能性を秘めています。政府がこの提言を受けて参議院の提案を「検討」することになったことで、日本は個人参加による国際貢献を可能にする土台をやっと持てる可能性が出てきたのです。

参議院議員いぬづか直史からのメッセージ


憲法九条の前提は機能する国連軍です。

1919年国際連盟規約1928不戦条約1945国連憲章という歴史の流れの中で1947年日本国憲法は 施行されました。人類が大きな二つの戦争を体験し、二度とこのような過ちは犯すまいとし、戦争を含む武力の行使が違法とした、まさにその時に憲法九条が誕 生したわけです。世界政府はまだ存在しないが国連が世界の警察として軍事力をもち、各国の使う軍事力はどんどん減らして行く。減らした分を国連憲章7章下の集団安全保障体制にゆだねて行く。

これが国連憲章と九条がセットになって機能する世界のイメージでした。
 
しかし、国連の集団安全保障体制には2つ問題があります。一つは安全保障理事会の5大国がもつ拒否権です。

国連が世界の警察として、地球上のどこで侵略や平和の破壊があってもかけつけるのは結構です。しかし特定の事態が侵略であるとか平和に対する脅威だ とかを誰が決めるのでしょうか。いうまでもなく国連安保理です。そして安保理の決議には理事国15カ国のうち、米・英・仏・露・中の5常任理事国を含む9 カ国の同意が必要です。5大国の1つでも反対票を投じれば安保理決議は通らないことになります。つまり、5つの常任理事国の意思に反して、あるいはその利 害に反して、いかなる決議も採択されません。家にどろぼうが入ったから警察に電話をしたが、どろぼうは署長さんの親戚だったので、おまわりさんは来てくれ なかったという事態になります。

もう一つの問題は自衛権の行使です。

憲章51条では自衛権・集団的自衛権の行使を認めていますが、あくまでも国連軍が駆けつけるまでの間だけです。個人の正当防衛と同じですが、大きな違いはいくら電話しても国連軍というおまわりさんは来てくれません。憲章43条特別協定に基づいて世界の警察をつくるはずだったのですが、62年後の今日でも実現していないからです。

62年間できなかった世界の警察をどうやって実現するのか。安保理の拒否権行使問題をどのように解決するのか。難しく思えるかもしれませんが、この難問に対する答えはすでに出ているのです。

それが「国連緊急平和部隊」です。

警察機能はもちろんのこと、緊急支援、復興支援、平和構築などに係る、軍事、準軍事、非軍事にわたる医療、教育、行政、給水、灌漑、インフラ整 備など、あらゆるノウハウをそなえたプロフェッショナルな部隊が数十時間単位で世界のどこにでも派遣される制度です。参加は国ではなく個人単位です。国の 代表ではなく国際公務員として働くからです。英語ではUnited Nations Emergency Peace Service (UNEPS) と呼びます。

夢物語だといわれるかもしれません。しかし少し待ってください。

戦争を含む武力行使が国際法で違法となるのに何年かかったのでしょうか。「同盟かしからざれば敵とみなす」と言っていたローマ時代から2000年、征服戦争を禁止するとしたフランス憲法から200年、最初の国際的な政府間ハーグ平和会議から数えれば100年しか経っていないのですから、ここであきらめるわけにはいきませんし、我々の時代に必ずやり遂げられると確信しています。

まずはUNEPSの実現に向けて60年間努力を続けてきたブライアン・アークハート卿のメッセージを読んでみてください。

そして、いのちを守り抜くために「日本人」がこれからの世界で果たせる役割を一緒に考えませんか?


ブログ開設の挨拶に代えて


参議院議員 犬塚直史


個人参加の「国連緊急平和サービスの創設提案

人道に対する罪やジェノサイドに即応する
国連緊急平和サービス(UNEPS

A United Nations Emergency Peace Service
To Prevent Genocide and Crimes Against Humanity


ブライアン・アークハート卿
Sir Brian Urquhart

1948年、当時のリー国連事務総長は、ハーバードでの卒業式の演説で、エルサレムにおける混沌と暴力を打開するために専門の国連部隊の創設が必要 だと説いた。間の悪いことに、彼はその部隊を「国連軍」と呼んだ。これgがそもそもの過ちだった。国連安全保障理事会(安保理)の五大国はこの提案を完全 に黙殺し、アメリカや旧ソ連ですら、仲良く提案を一蹴した。そしてエルサレムの悲劇は続いた。

国連の平和維持活動は、1956年のスエズ危機の勃発と初の国連緊急隊(UNEF1)の誕生を皮切りに本格化した。この部隊の派遣は、ダグ・ハマーショルド(Dag Hammarskjold)ラルフ・バンチ(Ralph Bunche)の強い決意と主導のもと、国連総会決議の採択後わずか8日間で実現した。

冷戦の始めの頃も、国連は、同じような迅速さで平和維持部隊を派遣していた。最速では、1973年のイスラエルとエジプトとの間の停戦協定の監視の ために派遣されたUNEF2が、わずか17時間のうちに派遣されているという記録もある。政治的なリスクはきわめて高かったが、ポスト冷戦期に一国のみに 向けて派遣された複雑な構成の混成部隊に比べ、はるかに軽量で機敏性のある部隊を派遣できていた。1960年のコンゴ危機までは、これらの部隊は人道的な 任務を負うことがなかった。さらに当時の部隊は政府や国家のみを相手にするものであり、紛争の両当事者によって停戦協定が結ばれた後で、当事国政府との合 意に基づいてのみ派遣されていた。

創設当初、これらの常設緊急展開軍は加盟国の批判にさらされることがなく、また90年代に入っては不可欠な存在にまで成長していた。この時期、安保 理は17もの多機能平和維持・人道ミッションを矢継ぎ早に設置していた。これらのミッションが負う任務はこれまでのものとは比べようがないほど複雑で、か つ直面する人道上の危機も一刻の猶予も許さないものばかりだった。派遣が2、3ヶ月遅れただけで、人々の命ばかりか、ミッションの有効性やその後の指導力 までもが失われてしまうかもしれなかった。また、これらの部隊は混沌や無秩序といった状態の中で活動するために必要な訓練を十分に受けておらず、また散発 的な暴力を止める術も持っていなかったことがさらに事態を深刻化させた。このような機能不全により、シエラレオネでは反乱軍は事実上、国連機能を無力化さ せてしまった。

緊急時に部隊を直ちに派遣できないことは、災難から人命の損失、派生するあらゆる悲劇という負の連鎖を生み出す土壌となりうる。しかし、ろくに訓練 もされていない部隊を遅くなってから派遣しても、同じように深刻な人道上の危機しか生み出さない。90年代に国連難民高等弁務官を務めた緒方貞子氏は、自身の名著『The Turbulent Decade(紛争と難民―緒方貞子の回想)』の 中で、秩序の維持や軍閥による暴力の阻止といった任務を果たせる十分に訓練された部隊が存在しないことが、大規模な難民キャンプの住民にとって何を意味す るかを克明に書き記している。1994年のルワンダの虐殺以降、難民危機の勃発により殺人天国と化した大湖地域では、400万人の命が失われるとともに、 数百万ドルに及ぶ救援物資が失われ、地域経済がダメージを受けた。難民キャンプでの悲劇は、国連平和維持軍が駐留する今も尚続いている。これらの惨劇は、 速やかな軍事支援を求める緒方氏の訴えが初期の段階で無視されていなければ、起きなかったかもしれないのである。

この例を挙げたのは、常設の即応展開部隊(standing rapid deployment force)─この本では「緊急平和サービス(Emergency Peace Service)」と呼ぶ─構想に関する議論でもっとも共通して聞かれる反論に対する有効な論点となるからである。この構想に対する共通した反論は複数あるが、その中には重要だが指摘されていない点が1つだけある。

第一の反論は、コストである。国連の基準でいえば、小規模であっても常設軍は相当のコストがかかるとみなされる。それでも、たとえば大湖地域でいまなお続く、長期に渡る悲劇的状況がもたらす甚大なコスト(年々増え続ける人命の損失、経済社会の崩壊、人道及びその他支援活動への破壊的影響、そして究極的には、撤退の見通しが全く立たない国連PKO部隊の維持コスト)に比べればはるかに少ない。

常設の緊急部隊に対する第二の反論は、各国政府との間で合意された「待機制度」(※訳注:UNSAS) が運用・実施可能なのではないか、また運用・実施すべきではないかというものである。だが、必ずしもそうではない。1994年、平和維持活動に拠出につい て20件以上の取組みが合意されていた。にも関らず、安保理がルワンダの虐殺について行動すべきだと判断したときには、このうち1件も実施されなかったの である。その後、緒方氏がルワンダ領土外に設置された大規模な難民キャンプの安全保護措置を実施してほしいと訴えても、実施された合意はたったの1件だっ た。しかも、短期の合意だったため、緒方氏は、最終的には失脚寸前のモブツ大統領にかけあってザイール軍の協力を要請する羽目になった。

当然、国家は、危険を伴うあるいは承服しきれない事態について、自国の部隊を派遣しない権利を保有する。しかも、これは国連において頻繁に主張され ることである。このような事態に的確かつ迅速に対応できるのは、国連安保理が統率する全幅の信頼のおける常設の、特殊な訓練を受けた専任部隊だけである。 現在、この部隊は存在しない。かつてアナン事務総長が述べたように、現在の国連は「火事が起きて初めて消防車を購入できる消防隊」なのである。


だが滅多に公言はされないがもっとも根本的な反論がもう1つある。国家主権の侵害である。国家主権の侵害に対する懸念は,国連が適時に、適 切な方法で、適切な対応を行うことを制約する要素となることが多々ある。国家主権の軽視に繋がるような国連の発展に対する懸念は、常に国連の介入能力を抑 制してきた。同じ理由で、各国政府は事務総長権限の拡大について非常に慎重な見解を保ってきた。

常設の緊急平和サービスならば、従来の牛 歩的な平和部隊の構築のプロセスを得るよりも、緊急時に効果的に即応できるよう、安保理の対応能力を確実に拡充するであろう。しかし実際は、より深刻な事 態や議論を経てしか、常設の国連緊急展開部隊に反対する各国政府を納得させることはできないだろう。最悪の事態を回避せずに、人命の保護と事態拡大の阻止 を優先して取組もうとしないリスクのほうが、国家主権に対するいかなる脅威にも勝ることを各国が知るにはまだまだ時間がかかりそうである。


しかしその一方で、緊急平和―ビスを具体化する構想やその具体的な実施計画を固めることは依然として不可欠である。この本はその点で重要な役割を持つ。この本は冒頭で、
「各国政府が国連に必要な能力を与えることができないのならば、国連内の賛同者や賛同国政府などと連携して、この『国連緊急平和サービス』構想に命を吹き込む責任は市民社会にある」述べている。この共同事業こそ、責任ある国際機関としての新たな機能を備えた国連にとって、そしてこの事業の成功により将来命を救われるかもしれない、まだ見ぬ幾万にも及ぶ無辜の人々にとって、極めて重要な事業となるのである。


ビジョンに富んだアイディアというものは、得てしてもっともらしい批判の対象となる。このUNEPS構想のようなもの(最終的にどう呼ばれるかは定かではない)も例外ではない。しかし、この構想に賛同できる究極の理由が一つだけある。それは、
「UNEPSを絶対かつ早急に実現しなければならない」ということである。


"It is desperately needed, and it is need as soon as possible."
- Sir Brian Urquhart


出典:
『A United Nations Emergency Peace Service』(2006年)
「Preface」(まえがき)



製作:
Global Action to Prevent War
Nuclear Age Peace Foundation
World Federalist Movement


翻訳:
参議院議員・犬塚直史事務所 勝見貴弘

2007年6月13日水曜日

犬塚レス3:スレブレニツァの虐殺12

Yahoo!掲示板より
無辜の文民を攻撃する者と戦うということは、無辜の文民を攻撃している内戦当事者からみたら、敵を利する行為とうつる可能性がありますね。

例えば、ある勢力(Aとします)が別の勢力(Bとします)の拠点を攻略し、その過程でA軍がBの民間人を攻撃した場合、UNEPSはBの民間人を保護し、必要であればA軍との戦闘になることもありえますね。

その場合、Aからみたら、UNEPSはBの味方にみえ、AによるUNEPSに対する攻撃が各地で発生するということもあり得、UNEPSが内戦に巻き込まれ、当事者になってしまうこともあり得るでしょう。

そのようなことも想定しているでしょうか?

UNEPSが内戦の当事者になってしまう、イメージとしては、1993年のソマリアにおけるアイディード将軍vs国連軍です。

難しい質問ですね。おっしゃるようにソマリアの失敗はPKOが紛争の当事者になってしまったことだと理解しています。紛争当事者にならずにどのように「保護する責任」を果たすのか。方向性は2つかな。

第一には、伝統的な6.5章タイプの国連の平和維持活動の同意原則に立ち戻りこれを発展させること。

ご存知のように、国連の平和維持活動は国連憲章には規定されておらず、ハマーショルド事務総長らの働きで実現した「敵のいない軍隊」です。憲章6章「紛争の平和的解決」と7章「平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動」の間に位置すると考えられるため6.5章と呼ばれるわけです。こうした「伝統的PKO」で最も大切なのは「同意原則」です。停戦合意などに基づいて紛争当事者の間に割ってはいり、武力行使ではなく、その存在自体によって紛争を防ぐわけです。

それでは実践で培ったこの同意原則を、停戦監視や選挙支援などよりはるかに複雑になった現状の中でUNEPSにどう生かすか。「同意」だなどと言っている間にやられてしまいそうですが、この場合のキーワードは「情報」と「スピード」でしょうか。単なる同意原則ではなく情報で身を守る。スタンド・バイではなくスタンディングの部隊、つまりいつでも展開可能なスピードをもって事態が手におえなくなる前に対応する。すごい変化だと思います。

こうした発展は実現可能だと思います。なぜなら、既に多くのNGOや現場での経験を豊かに持つ人達が、この難しい仕事を実践しているからです。ICRC赤十字国際委員会などに代表されるNGOは、紛争当事者や部族長などとの連絡方法を持ち、丸腰で活動を行う。また日本が成功したアフガニスタンでのDDR(武装解除、動員解除、社会復帰)においても、朝から麻薬でラリっているような武装集団を相手に、丸腰の武官が大きな実績を残しました。

困難な仕事だと思いますが、すでにこうした仕事に取り組み、成功させているプロフェッショナルも存在します。そのような専門家集団が、常に必要な訓練を受け、現地の情報に精通し、必要とあれば紛争地域に、数日や数ヶ月単位でなく、数十時間単位で展開することによってUNEPSが活躍することができる。伝統的PKOで培った同意原則をUNEPSの活動において生かし発展させることができる。そう考えています。

第二は民軍連携です。

警察官は住民と同じ地域に住んでいますが、軍隊は基地の中に住み地域との接触を行いません。そういう意味で私はUNEPSに警察のイメージを重ねています。ただし、軍事の専門家、文民警察、医療、緊急援助、司法、インフラ整備、学校、地方自治など、平和構築にはあらゆる分野の経験が必要です。また、こうした専門家がしっかりした訓練を受けている必要があります。

こうした民軍連携に近い考えとして外務省の「寺子屋」構想がありますが、取り組みとしては大変小さく、これから育てるものです。防衛省では中央即応集団を新編し、ここに教育隊をおいていますが、肝心の中身はこれから。今のところピアソン・センターなどの海外の研修施設に短期、少人数を派遣している状況で、'民'との協力は今のところ考えていないようです。

一方、独立行政法人国際協力機構JICAは経験豊かで、「青年海外協力隊」「シニア海外ボランティア」「ジュニア専門員」などの制度があり、何より緒方理事長がUNEPSに深い理解を示しています。以下は現場を知る緒方さんのUNEPSに対するコメントです。(※訳はトラックバック先を参照)

The UNEPS initiative directly responds to the widely recognized need to protect people caught in deadly conflicts. While serving as United Nations High Commissioner for Refugees, I pleaded on numerous occasions for the rapid deployment of specialized forces. Without such presence, military elements could not be separated in refugee camps; humanitarian corridors were seldom set up to allow the victims safe exits; and all too often, innocent civilians were left in the midst of fighting. Effective, trained and specialized standing forces would have been invaluable."
-Sadako Ogata, Former United Nations High Commissioner for Refugees

日本のことばかり書きましたが、カナダや北欧ではもっと積極的な取り組みがあります。EUも独自にバトル・グループを本年から発足させ、民軍連携に正面から取り組む姿勢です。しかし、今のところ国連の中に個人参加で緊急平和サービスを持つという考えはUNEPS以外にはないようです。

いずれにしてもソマリアやルワンダの失敗を繰り返さないために国際緊急平和サービスを立ち上げなければなりません。そしてそこに果たすべき日本の役割は大変大きなものになると思います。

2007年6月12日火曜日

憲法九条を生かす具体案としてのUNEPS

国連緊急平和サービス(UN Emergency Peace Service:以下、UNEPS)構想の推進は、憲法九条改正への具体的な対案としての提示です。

■国際的な構想

この構想は私ども独自のものではありません。PKOの裏表を熟知する「PKOの父」と謳われた元国連事務次長による提案であり、その提案を受けて構想を推し進めようと考えたCSO(NGO・NPOを含む市民社会組織の総称)、そしてこの構想に賛同する米議会議員らにより、常に進化し続けている構想です。

また、この構想の世界における最新の状況を確認すべく、私どもは今年5月に実際にアメリカに渡り、米CSOらと協議を行い、これから日本でどのようにこの構想を推進するかを具体的に話し合ってきました。また、この構想を単に日米間のものにしないために、ドイツなど日本と事情の近い国々の議員とも近々この構想の実現性・相互協力の可能性について協議を行う予定でおります。

■構想のバックボーン

この構想のバックボーンには、単に国連の著名な人物による提唱であるということでなく、国連の組織の中で、事務総長に対する報告書として提示された、カナダ政府主導の国際委員会ICISS (※参考資料5)による成果文書『保護する責任』報告書(※参考資料1,2,3)に基づいて進められているという事実があります。

UNEPS 構想とこの「保護する責任」(Responsibility to Protect:以下、R2P)は必ずしも同時期に発生した考え方ではないのですが、近年これら別個の考え方が融合し始めており、関係者の間では一体化された形として二つの構想が進化を遂げているのです。

このR2Pの理念については、日本政府は、軍事的介入も“含まれる”オプションであることから慎重な態度をとり続けています。以下のWikipediaのエントリ(参考資料6)にもあるように、R2Pの理念は、その上位理念である「人間の安全保障」(Human Security:HS)の考え方から派生したものですが、日本政府はこのHSの理念について積極的に推進しつつも、R2Pという軍事的介入が含まれる介入オプションについては非常に慎重です(※ 参考資料4)

■日本の平和構築外交の基軸政策としての立案

しかし、R2P の理念をバックボーンに成長・発展してきたUNEPS構想は、従来の国家による軍事的介入とはまったく性格が違うのです。そこを強調して、私たちはこの構想を九条改正の対立軸と提示し、議員立法によりこの構想の有効性を国会で認めさせ、推進してく積もりでいるのです。そのために、勉強会を重ね、各国有識者を招いて懇談会を行い、政府関係各省庁を説得し、日本の平和構築外交の基軸(九条改正ロジックに対する対立軸)にしようと、具体的に動こうとしているのです。

私どもは、UNEPS構想を実現性の高い構想として受け止め、現実性のあるものとして政策立案を行っていく構えです。

 参考資料:






2007年6月8日金曜日

犬塚レス2:(下)Re: UNEPS構想に賛同しますが1

Yahoo!掲示板より

集団的自衛権は個別的自衛権と並んで国連加盟国の「固有の権利」です。自らが攻撃されていないにもかかわらず攻撃主体たる他国に反撃することができるもので、国連憲章51条で創設された権利です。日米同盟に基づく集団的自衛権の行使がこの範疇に入ることはいうまでもありませんし、国際法上の権利であるわけです。ですからその行使は「安保理が国際の平和および安全の維持に必要な措置をとるまでの間」に限られますし、安保理に対する事後報告も義務付けられています。報告がないものはイラク戦争のように自衛権の行使とは認められません。つまり(個別的・集団的)自衛権の行使といえども「機能する国連」と密接に関連しています。
それなら、なおさら、その集団的自衛権を行使できないとされている9条を改正する必要があるのではないでしょうか?
集団的自衛権はつまるところ軍事同盟です。こうした同盟関係が世界を2分し最終的には戦争に導いてきたのはご存知のことと思います。日米同盟をすぐに解消せよとは言いません。しかし最終的に目指すところをイメージし、そこに向けて進むのであれば、せっかく今まで積み上げてきた解釈と日米関係を清算して集団的自衛権を認めることはあり得ません。

以降、Yahoo!掲示板のスレッドより
UNEPSが存在していれば、スレブレニツァの虐殺を止めることができたのだろうか?

UNEPSがボスニアに駐留していたら、スレブレニツァの虐殺の虐殺を止めることができたのでしょうか?

ボスニアの場合は、内戦当事者のどの勢力が悪いと一概に言えず、ある地域ではセルビア人勢力が人道に反する行為を行い、別の地域ではクロアチア人勢力が、また別の地域ではボスニア政府軍がというように、被害者加害者が入り混じっていました。

そのような状況で、一方の勢力を保護し、一方の勢力と戦うとなると、国連の中立性というものが失われることになります。

ルワンダのような状況なら、中立性が失われることは問題ないと思いますが、ボスニアの場合は、どうなんでしょうか?
人道的介入は果たして許されるのか。許されるとしたらどのような場合か。この件については「保護する責任」という概念がでてきて一応けりがついたかに思えますが、おっしゃるようなケーススタディが必要です。ボスニアの場合であれば、もっと早く、空爆という形でなく、民軍協力の国連部隊が展開していたことになります。私は虐殺を最小限に防げたのではないかと思いますが、推測の粋を出ません。やはりこれからのベストプラクティスを積み上げることで同時に法整備も行っていくことが重要だろうと思います。

犬塚レス2:(上)UNEPS構想に賛同しますが1

Yahoo!掲示板より

交戦国が国際法上有する種々の権利である「交戦権」には、中立国船舶の臨検、敵性船舶の拿捕なども含まれています。
これらを行えないということは、自衛権の行使を大きく制限することになるし、様々な不都合が生まれると思います。

また、1946年第90回帝国議会において、金森国務大臣は、交戦権を放棄するということは、「捕虜などと言うことも
起こって来ない」と答弁しています。

交戦権、すなわち、交戦国が国際法上有する種々の権利には、捕虜として扱われる権利も含まれているのではないですか?

そのような権利を否認した国は、私は日本以外に知りません。

<昭和29年5月25日佐藤法制局長答弁>
「交戦権というものは、敵性船舶の拿捕とか占領地の行政権であるとかいうことが憲法制定時から答弁に出ているわけです。一方自衛権は国の基本的生存維持の権利ですから当然ゆるされる。しかし交戦権をもつということになると敵が攻めてきた場合、ずっと敵を攻めていって将来の禍根を絶つためにもう本国までも全部やっつけてしまうことがゆるされるであろう。しかしそれは許されない。あくまでも自衛権の範囲でしかいわゆる害敵行為というものはできない」(要約は犬塚)

ご指摘の秋山政府委員が使っている「伝統的な戦時国際法」というのは、開戦宣言等により、戦争が法的に発生するに及んで平時国際法に代わって適用されるもので、戦争違法化以前の概念です。しかしそうはいっても集団安全保障体制内の軍事強制措置が相手の強い抵抗にあえば戦争同様の状態になります。集団安全保障固有の慣行も立法もないところから、戦争違法化以後を想定した話でも従来の戦時国際法を準用するほかないようです。

また、九条2項の「交戦権」はThe right of belligerencyの訳のようですが、英語のbelligerencyの訳は「交戦団体」になります。(国際関係法辞典P.242)。これでいくと直訳は「交戦団体としての権利」です。これは内戦の際、叛徒の軍隊が国内の一定地域を占拠し、ここに事実上の政府を樹立するに至った場合、これに国際法の主体としての地位を認めることがあり、交戦団体の承認と呼ばれるようです。交戦団体を承認する制度は18世紀後半から19世紀初頭にかけて徐々に形成され南北戦争で確立したが、20世紀に入ってからこの制度はほとんど利用されなくなったとのこと。つまり戦争違法化以前のボキャブラリーである belligerencyを持ってきたために話がややこしくなった感があります。

いずれにしても、私はUNEPSの設立を前提にこれを書いています。機能する集団安全保障制度を構想しての議論ですから日本政府の統一見解との違いがでるのは当然といえます。

また自衛隊員が仮にイラクで捕虜になった場合、ハーグ諸条約に定められた待遇を期待できるかという問題は、確かに理論的整合性がないので問題となりえる面はありますが、国際法廷などで審理されれば、国際人道法としての観点から、事実上保護を受けられるものと思います。

以降、Yahoo!掲示板のスレッドより

では、「紛争地域では活動せず、武力行使は行わず正当防衛としての武器使用のみ、武力行使と一体化しないなどの制約の下で活動しています。」という条件を撤廃するためには、憲法9条の変更が必要だと言うことですね。
自衛権発動としての武力行使であれば不要です。集団安全保障としてはUNEPSに個人参加をするわけですからこれも不要です。
この最後の部分、「九条を変えないからこそUNEPS創設の説得力を持つのが日本のユニークな立場であると確信して
います。」が納得できないです。なんか、UNEPS創設と9条維持を無理やりリンクさせているように感じます。


もちろん、9条を維持したまま、UNEPS創設を目指すことはできますが、9条を改正してもUNEPS創設を
目指すことはできるはずです。
この部分は見解の相違だと思います。いわゆる「普通の国」であれば世界第二の経済力と世界第三位の軍事予算をもっていてUNEPSみたいなことを言い出せば、侵略戦争の準備ととられかねません。九条2項を守って初めてUNEPSもある程度の理解を得られるものと考えます。

2007年6月7日木曜日

勝見レス1: スレブレニツァの虐殺1,2

Yahoo!掲示板より

■UNEPSの基本理念は「被害者を加害者から保護すること」

ボスニアには、国連のPKOだけでなく、NATOも駐留していたし、ロシアも強い関心を持っていました。

確かに、スレブレニツァに駐留していた部隊は少なかったですが。

そこで、UNEPSがボスニアに駐留していたら、スレブレニツァの虐殺の虐殺を止めることができたのでしょうか?

まず、ルワンダとスレブレニツァの状況がそれぞれ異なったという点については私も同意します。地政学的な観点の理由から、それぞれの地域での国連・各国際機関の対応はまるで異なっていました。

しかし、ボスニアの場合は、内戦当事者のどの勢力が悪いと一概に言えず、ある地域ではセルビア人勢力が人道に反する行為を行い、
別の地域ではクロアチア人勢力が、また別の地域ではボスニア政府軍がというように、被害者加害者が入り混じっていました。

そのような状況で、一方の勢力を保護し、一方の勢力と戦うとなると、国連の中立性というものが失われることになります。

まだ存在していない部隊のキャパシティについて論じてもしょうがないので能力面についての議論は割愛しますが、UNEPSはその設立理念として、一方の勢力を保護し戦うという性質のものではありません。

まだUNEPS読本のほんの前文を翻訳しただけで、日本語での説明が足りていないのは私の怠慢に拠るところなのですが、UNEPSはその概念の発展のさなか、同時に「保護する責任」の概念を取り入れ、議員の説明にもあったとおりこの概念から派生した5つの介入原則を採用しています。この介入原則は、 UNEPSの最大の目的である「被害者の保護」のために運用されます。

UNEPSは、従来のPKOのように「加害者と加害者(いずれも武装勢力)の間」に入って調停や武装解除を行う為の集団ではなく、「加害者と被害者(無辜の文民)の間」に入って被害者を保護するための集団なのです。つまり、仮にUNEPSがボスニアに投入されていたら、仰るように各地域で加害者や被害者が違うのですから、各地域に部隊が分散されて各地域の被害者を保護するわけです。つまり、UNEPSが戦う相手はハッキリしているのです。いずれの勢力であれ、無辜の文民を攻撃する者です。

尚、この議論を始めると、イラク戦争でも見られたように、文民を装った民兵、あるいは便衣兵のような存在への対処はどうするか、という問題になります。これは戦術的な話になり各論としてあまりに細かくなるので、のちに専門家に参加してもらって説明できればと思います。近い将来のうちに、この掲示板には紛争処理・武装解除・DDRなどの専門家も招いて皆さんとの各論的な議論も深めていこうと思っています。私や議員は軍事の専門家ではないので、餅は餅屋に任せる所存です。

■概念の“深化”と共に変容する国連の基本理念

ボスニアの場合、各加盟国の意志(WILL)の欠如というよりは、国連の中立性を維持しようとした、当時の事務総長特別代表の方針
によるものが大きかったのではないでしょうか。
そうですね、ここですね。中立性。この考え方が、「保護する責任」の概念の導入により、変わりつつあるのだと思います。そういう意味では、歴史にはIFは禁物なのですが、ルワンダやボスニアの時代にUNEPSが存在していたら、それはつまりその当時に「保護する責任」の概念が国際的なコモンセンスになっていたことを意味しますので、これはwishful thinking(希望的観測)といえるのかもしれません。

しかし、国際社会は近年、この「保護する責任」の概念を認め、これを新たな時代の平和構築のコモンセンスとしつつあるので、その中で従来の国連の中立性という基本理念も変容していっているのだと思います。すべては、「無辜の人々のいのちを守る」(保護する責任)という大義の為です。そしてこの大義は、安易な二度と再び(Never Again)人道的介入を許さないという決意のもと、介入5原則により厳格に定義されているわけです。

■UNEPSは上位概念、人間の安全保障の一翼を担う

UNEPS は、国際刑事裁判所ICCに代表される加害者を「罰する責任」と、被害者「保護する責任」の両翼からなる人間の安全保障という大きな傘の一翼を担うものとなります。UNEPSは、人道的介入の倫理的根拠となる「保護する責任」に属し、「加害者と被害者の間に入って被害者を事前に守る手段を講じることを想定した概念」(元国連大学副学長兼「保護する責任」報告書の共同執筆者、ラメシュ・タクール氏の言葉)を具現化したものなのです。

この具現化とはつまり、基本理念を忠実に踏襲することを意味します。介入5原則により文民を保護する使命を与えられたUNEPSは、必ずや適切な行動規範に基づいてその使命を果たすでしょう。

以降Yahoo!掲示板のスレッドより

なるほど、少しずつUNEPSのイメージが分かってきました。

拙い小出しな説明ですみません。なにしろ手元にある資料が全て英語なものですから、一つ一つの内容を把握していても、それをまだ総合的に把握しやすい形で日本語で提示することができずにいるんですね。本当はもっと綿密に計画して全てを揃えてから導入すべきだったんですが、外交防衛委員会での質疑内容などからも、もはやじっくりと準備している余裕がなくなってしまったので、申し訳ないです。

無辜の文民を攻撃する者と戦うということは、無辜の文民を攻撃している内戦当事者からみたら、敵を利する行為とうつ
る可能性がありますね。

はい、その辺りのテクニカルな部分は、ここは軍事カテなので皆さんお得意な分野でしょうが、私は不得意なので知ったかぶりは控えます。いずれ軍事の専門家の方をお呼びする予定なので、それまでそういった各論については保留という形でお願いします。

ボスニアでUNEPSは何ができたか?

お話を聞いて、私なりに考えたことは、

1、安保理決議によって設置された「安全地帯」の防衛。
2、人道援助物資の輸送、あるいは輸送部隊の警護、援助物資の配布地域の警護。
3、難民、避難民の保護、安全地帯への輸送。

こんなところでしょうか?


私の理解している限りでは、既存のPKOでは“出来ないこと”をする為の部隊ですので、基本的に上記3つすべてについて、それぞれを実現するための
  • (1)実力行使により加害勢力を無力化・武装解除し、
  • (2)安全確保が成されたときに後続のPKO部隊に警護・防衛任務を委譲する。
というステップを踏むことが考えられます。問題は、「安全確保」が成されたという判断が甘く、武装勢力への増援などにより再び危機が生じたときのPKO部隊のポジショニングですね。その為、UNEPSは既存のPKO部隊を守る為に緊急出動できるよう、安全地帯の近隣に移動式の基地を設けておく必要があるでしょうね。


全ての人道に反する行為を止めることは、できなかったかも知れませんが、「スレブレニツァの虐殺」は防ぐこと
ができたかもしれませんね。

仰るとおりです。UNEPSとて万能ではなく、「最強」の部隊でもありません。むしろ、これまでのPKO部隊よりも優先的に交渉や和解の調停 (mitigation)などにより脅威を最小限に抑えつつ(mitigation)、残存する脅威に有効に対応する─というのが、役どころにになると思われます。つまり、戦争そのものよりも“紛争処理”のプロフェッショナル集団・精鋭ということになります。


ただし、相当な規模の部隊の派遣を必要としますね。スレブレニツァにも、PKOは派遣されていたが止められ
なかったわけですから。

それも、派遣されたPKO部隊に有効な交戦規定がなかったせいでしょうね。

基本的にPKOは専守防衛なので、自衛隊が参加するのにもっとも適した平和協力活動の一種だと思うのですが、戦況によっては非常に大きなリスクを孕む部隊でもあります。そのため、日本はたとえ現在の自衛隊にとってPKOが本来任務となっていても、容易に国連のUNSASに登録したり、いつでも自衛隊を派遣できる体制を整えているわけではありません。(参考:UNSAS(国連待機制度)に関する国内資料 -年代順

仰るとおり、ソマリアでは米軍兵士が多数亡くなりましたし、その他の地域でのPKOでも殉職者がまったく出ないということは殆どありません。このリスクについて、PKOに部隊を派遣する国はみな腰が退けてしまっているのです。サマーワという、厳密に「非戦闘地域」判定した場所にしか自衛隊を送ることのできない日本政府が及び腰になるのも頷けますよね。どこも同じなのですから。

だからこそ、PKOを熟知する専門家が個人参加のUNEPSを提案するわけです。

犬塚レス1:UNEPS構想に賛同しますが

Yahoo!掲示板より

まず、UNEPSが実現するのに、どれくらいの時間がかかるのか分かりません。よって、それが実現するまでの間は、日本は
国家の軍隊として自衛隊を派遣する必要があるわけです。そうである以上、交戦権の否認などがネックになるわけです
から、憲法9条の改正が必要です。

次に、UNEPSができたとしても、国連憲章7章に基づく制裁活動が、UNEPSとは別に存在し続けることが予想されます。
そうであるのなら、UNEPSができたからと言って、憲法9条を改正する必要がないということにはならないでしょう。

まず、自衛隊は交戦権を否認されているので武力の行使ができないのはご指摘の通りです。しかしこの条件は国連加盟国すべてにあてはまる条件でもあります。憲章第二条四項に「すべての加盟国は、その国際関係において、武力の行使または武力による威嚇を行ってはならない」と規定しており、国際法として受け入れられています。この国際的な規範としての武力行使違法化を阻却する2つの条件が「自衛権の行使」と「憲章7章下の集団安全保障」だけであることは前述しました。

この原則を自衛隊に当てはめるとどうなるでしょうか。

自衛隊が自衛権の発動とし武力行使を行うことは否定されていないことは1954年12月22日鳩山内閣の大村防衛庁長官答弁以来の一貫した我国の解釈であり、定着して久しい日本国民の理解です。国民に受け入れられない規範が52年間も一貫して主張されうるとは考えられないからです。つまり、①急迫不正の侵害があり②これを防ぐに他の適当な手段がなく③必要最小限の実力行使である場合の交戦権は、国際法におけるのと同じように日本国民にも認められているといって良いと思います。

つまり自衛権の行使には憲法九条の変更は必要ありません。

次に、国際平和協力活動を行うにあたって自衛隊の交戦権が必要か、という問題です。

まず、「自衛隊による国際平和協力活動」の定義をしておきます。

NGO の活動とは違って、国際的には軍隊と認識されている武装集団が自衛隊ですから、この武装集団を外にだすとすれば国連安保理決議に基づいて派遣され、その交戦規定(ROE)は日本の法令に定めるところに従います。現在のところ、紛争地域では活動せず、武力行使は行わず正当防衛としての武器使用のみ、武力行使と一体化しないなどの制約の下で活動しています。こうした活動が合憲であることはいうまでもありません。将来的にある程度緩和されることは予想されますが、自衛権の発動以外で日本が武力行使をすることはありません。

ここでも憲法九条の変更は不要です。

2003年以来のイラク戦争では、米英の武力行使は直接的な国連憲章に基づいていないので日本は参加していません。その後の安保理決議1483に基づいた人道復興支援と安全確保をしているのが自衛隊ですから、武力行使はしないわけです。九条の範囲内での措置といえます。

しかし、多分ご指摘になっているのは、2000年の湾岸戦争のような憲章7章下の集団安全保障で武力の行使が認められる時にも、日本は参加しないかという問題だと思います。国際法上は認められる武力行使であり強く貢献がもとめられた事態でした。この時に資金の供与だけを行い、軍隊を派遣しなかった日本とドイツが国際社会の強い反発をうけたことは記憶に新しいところです。「普通の国」であれば軍隊を外に出す場面でしょう。

私は、冷戦後の日本には普通の国以上の貢献が求められていると思います。

イラクによるクウェート侵略という事態で安保理決議が得られましたが、アメリカによるイラク侵略はどうでしょうか。イスラエルによるレバノン侵略、ソ連によるアフガン侵略、中国によるチベット侵略はどうなるのか。残念ながら安保理は常任理事国の意に反して、あるいはその利益に反しては決議採択はできません。なぜなら、これが国連集団安全保障の限界だからです。この限界を超えるのがUNEPS、つまり個人参加の国連緊急平和サービスであるといえます。

九条を変えないからこそUNEPS創設の説得力を持つのが日本のユニークな立場であると確信しています。

また、日米同盟に基づく集団的自衛権の行使は、UNEPSの活動とは異なりますし、憲法9条を改正する理由は、国際貢献のためだけで
はないので、ますます、UNEPS創設と憲法9条改正は別次元の話と考えます。

集団的自衛権は個別的自衛権と並んで国連加盟国の「固有の権利」です。自らが攻撃されていないにもかかわらず攻撃主体たる他国に反撃することができるもので、国連憲章51条で創設された権利です。日米同盟に基づく集団的自衛権の行使がこの範疇に入ることはいうまでもありませんし、国際法上の権利であるわけです。ですからその行使は「安保理が国際の平和および安全の維持に必要な措置をとるまでの間」に限られますし、安保理に対する事後報告も義務付けられています。報告がないものはイラク戦争のように自衛権の行使とは認められません。つまり(個別的・集団的)自衛権の行使といえども「機能する国連」と密接に関連しています。

そうした意味でUNEPSと九条は同じ次元で議論すべきものです。

軍事同盟を結んで集団的自衛権の行使は許されますが、集団的・個別的自衛権行使の適法性は、加盟国が自由に解釈できるものでもなく、主権的行為としてまったく自由なものでもありません。その適法性が第三者機関によって判断されうるというニュールンベルク裁判の法理と軌を一にするもの(国際関係法辞典・国際法学会編、PP.453-4)とされています。勝者による事後法による裁きであったとはいえ、そうした法理に基づいて東京裁判で日本が侵略の罪に問われたといえます。

余談になりますが、ICC国際刑事裁判所条約を批准した日本が、2009年以降に行われるローマ規定見直し会議で「侵略の定義」を議論することは歴史的な意義があると思います。それは、東京裁判からICCへと続く国際的な法の支配に貢献するだけでなく、国連安保理の専権であるどんな場合が「平和の破壊」「平和にたいする脅威」「侵略」にあたるかという判断を、より中立・公平な機関にゆだねるチャンスだからです。

以上、集団的自衛権が国連憲章で規定された国際法上の権利であるだけに、なおさらその行使の前提は「機能する国連」であること、そして「機能する国連」創設のためには、なんとしても個人参加の緊急平和サービスが必要であると考えています。

それと、大国の息のかかった地域に、UNEPSが軍事介入することは、困難ではないでしょうか。

大国の息のかかった地域にUNEPSが軍事介入できるか、というのは大事な問題点です。

9.11 後のアフガニスタンやイラクにUNEPSが展開できたかどうか、難しいものがあると思います。一方、大国が興味を示さなかった1994年のルワンダには派遣できたでしょう。というのもUNEPSが大国の軍事力と比べて話にならない位小さなものからのスタートしなければならないからです。

しかし、どんな超大国でも国際法上疑義のある大規模な軍事介入を行えば、最後は収拾がつかなくなります。結局は貧困対策、インフラ整備、医療、食料、学校の整備、司法制度の構築等を行わなければならず、軍事力だけで解決できないことは、2007年1月に発表されたブッシュ大統領の「新イラク戦略」でも認めざるを得ないところにきています。あらゆるプロフェッショナルを即応体制下におき、常にトレーニングをしているのがUNEPSです。

また現在のイラクは、軍事的な報道はありますが、人道被害の報道はほとんどありません。人道支援のNGOもあまりに危機管理が難しい現在、現場にとどまることは困難です。そんな状況であるからこそ、UNEPSの出番といえるでしょう。

しかし、UNEPSに武装集団もいるわけですから、その展開に当っては5つの前提があります。①看過できない人道被害がある場合に ②最後の手段として ③ 必要最低限の武力をもって ④正しい意図と ⑤成功の見通しをもって派遣を行うこと。またその決定に際しては国連安保理の決定、あるいは「平和のための結集」手続きに基づく国連総会決議、 または地域的取り決めによって展開の決断を行うことになります。

いずれにしても、大国の息のかかった地域にUNEPSを派遣することは困難でしょう。
しかしこの困難は、ベスト・プラクティスの積み重ねによって必ず克服できると信じます。
なぜなら今の世界にはこうした枠組みが必ず必要だからです。